『社会』の狗

池袋暴走事故ではかの老人に対し「罪を認めろ!」という憤慨の声が多く上がりましたけども、
彼らは老人の家族に対する嫌がらせを正当化し、罪を認めようとしません。

まぁ見事な矛盾です。

「正義は我にあり!」

なのでしょうね。

と言っても、人間なんて生物は平等にこの程度のモノなんですけども。

皆、自分に甘く他人に厳しい。

小学校の頃からそういう息苦しい監視社会に身を置いてきましたなあぁ……。

いやホント、ロクでなしの一言に尽きる。



悪いことをした生徒をホームルームで先生に言いつけるあの悪習。

実に無駄じゃないですか、と。

だって、本当に悪いことは報告しませんしねぇ。

い じ め

誰も報告しませんよ、ホントこれだけは。

「多数派は絶対的な正義で、少数派は絶対的な悪」だから。

学校教育って、そういう過去の愚かしき思想を否定するためのものじゃあないのでしょうかね。

ヨーロッパの宗教裁判を否定する日本人は多いですけど、やってることは日本もさして変わらんですよ。

せっかく歴史を学んでいるのに、その欠点も理解出来ないのでは教育の意味がない。

「戦争は悲しいからしてはいけないと思いましたー」

なぁんてテンプレ感満載の感想を述べる小学生を

これ以上増やして何の意味があるのでしょうかね。

戦争は駄目だなんてことは別に教育機関で学ばなくても分かること。

もうYouTubeでも学べる程度のこと。

もっと重要なことを教えてほしいものですよ。

過去の記事

今はゆ虐大嫌いな私も、一時期ゆっくり虐待の絵を描いていたもので
あの界隈の不快さというものはよくよく理解しているんですよねぇ。
大人しくリョナ絵だけ描いていればよかったと今更ながら後悔後悔。

少しでも難しい言葉を使うと「意味がわからない」と文句を垂れ
少しでも文字が小さいと「読みにくい、何とかしろ」といちやもんをつけ

とにかく、自分で何とかしようという努力をしない人間が多い。
でもそれ、「はやくあまあまをもってこい!」と喚き散らすゲス種と変わらないワケです。
ゆ虐を好む人間の精神レベルなど、所詮はゆっくりのゲス種とそう変わらんということでしょう。

難しい言葉は調べる。

小さくて見えない字は拡大する。

そんなことも出来ない人間がいるという事実に、まあまあ驚きました。

「俺は道具を使いこなせないんだから配慮しろ!」と偉そうに公言しているようなものです。

しかし当然、携帯もPCも使いこなせないような人間に配慮しなければならない法律はないので却下です、却下。



何のために『頭』があるんでしょうかね。

飾りでしょうか?

正直、使わない頭ならぶっこ抜いても問題ないと思うのですよ。

だって、あってもなくても同じなんですから。

ゆ虐という下等生物御用達のコンテンツ

リョナ愛好家とゆ虐厨は似ている、という意見があります。
実に不愉快です。
これらは全く別のものであるということが、凡人には理解出来ないんでしょォかね。

ゆ虐

ゆっくりを虐待する悪趣味なジャンル。
ゆっくりとは、AA(アスキーアート)やゆっくり実況でお馴染みのキャラクターのこと。
しかしゆ虐界隈のゆっくりは、これらに気色の悪い設定を付け足しまくった結果全くの別物になってしまっている。
特徴を上げるなら
・胴がない
・手足もない
・「あんよ」はある
・外は饅頭の皮 中は餡子
・ゲス種と善良種が存在する
等々。

カーストの最下層でもがく愚かな人間どもが好きそうな設定です。
んでもって、作品のクオリティもはっきり言って底辺です。
世紀末モヒカン野郎が生首相手にイキってるような薄っぺらな物語ばかりです。
登場人物のセリフはひたすら気持ち悪く、読者の精神を著しく汚染します。

そんな浅薄で穢らわしいジャンルを リョナと一括りにされるのは非常に不愉快ってわけです。
リョナは女性のかわいらしさ、美しさがあってこそ成立するもの。
そして、その対象は強い女性から弱い女性まで様々です。
弱い者いじめしか好まないゆ虐厨どもとは根本的に違うわけです。
そもそも、ゆ虐には品がない。
同じグロ絵でも、ゆ虐の場合は下品なんです。
どうすれば饅頭をそこまで下品に描けるのやら。